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魔壊帝国より諸外国の皆様へお知らせ
『魔壊帝国からのお知らせ』
拝啓 時下ますますご清栄のこととお喜び申し上げます。
平素は格別の御高配を賜り、厚くお礼申し上げます。
さて、この度魔壊帝国では年度切り替えに伴い下記の通り新人類のみなさまとの和解を目指す運びになりましたので、ここにお知らせ申し上げます。
つきましては魔壊帝国内に外務省を設立し、外交官としてトルース・デ・タドナカを各国に派遣させていただきます。
なお、外交官が失態を犯した場合は貴国の法律にて処罰していただいて構いません。
略式ながら、書中にてご案内申し上げます。
記
魔壊帝国皇帝 魔壊帝
魔壊帝国宰相 アイドゥ
――――
「……は?」
「というわけでございます、以後よろしくお願いいたします♡」
ここはフレンジリン識掘国。この国の代表の一人であるユーセフ・バーベナが不審な気配を察知し飛び起きると、人好きのする笑顔を浮かべて書状を持っている魔壊帝国魔壊帝執事トルース・デ・タドナカが枕元に立っていた。すぐさま臨戦態勢に移行したものの、トルースはなにもせずニコニコと書状を読むように催促してきた。ろくでなしの集団であり人類の敵である魔壊帝国だが、万が一、万が一穏やかな手段でなにかをしようとしているのであれば、この状況で切り飛ばしてしまうのは悪手ではないだろうか。そう考えたユーセフは書状を受け取り(念の為トルースに拘束魔法をかけた後)目を通した。
それが冒頭の文である。
外交で和解を望む? 冗談じゃない、我々は何万人、いや何十億人お前らに殺されてきたと思っているのだ。頭が痛くなるが、億が一これが彼らの嘘ではない真意であったとしたら……
「あー……トルース、だったか」
「はい♡ 外交官のトルース・デ・タドナカと申します♡」
ねっとりとした喋り方が気に障るが、一旦は置いておこう。重要なことではない。
「これに書いてあることは真実なのか?」
「ええ、我々も貴方がたとの戦争で多くの民を失ってきました。ですので、ここで一旦和解し、未来に向けて建設的な議論を重ね、より良い世界にしていくことが重要ではないか……となりましたので、お伝えしに来ました♡」
ほんっっっっとうに頭が痛くなる。どう考えても嘘である。彼らはそんな生態をしていない。ろくでなしの集団であり人類の敵である。人類を殺すためであれば手段を選ばず……というか貧困にあえぐ人類をうまい飯で釣って殺すのが普通の奴らだ。もし事実だったとしても今までの争いをなかったことにして「はいそうですか」と簡単に和解できるわけがない。
……この文書をしたためたのは魔壊帝と宰相アイドゥとなっている。何を考えているのかよくわからない魔壊帝は置いておくとして、アイドゥは非常に理知的で切れ者であると聞く。そんな人物がほんとうに和解を求めているとしたら……真実だった場合はトルースの言う通り、我々人類に大きな発展がもたらされるであろう。しかし、嘘だった場合は……考えるだけで恐ろしい。
「……とりあえず、この文書は議会に通す。それまでの間……」
牢屋に入っておけ、と言おうとして、平和の使者(仮)にその対応はまずいな、と思い直す。
「俺の家で大人しくしておけ」
「承知いたしました♡」
「大人しくしておけと言っただろう!」
「ですが、目の前で困っている方を見過ごすのは私にはできません」
とりあえず書状とトルースの言葉を議会に提出し、ガンシアと軽く話してきたユーセフ。帰宅した彼を待ち受けていたのは、近隣国の商隊から感謝をされているトルースであった。
「まったく……」
「トルースさんのこと悪く言わないでください! 彼は野生動物から我々の積み荷を守ってくれたんです!」
「あのなぁ、一応こいつは敵なんだぞ。恐ろしい魔壊帝国の幹部の一人なんだぞ」
言い聞かせてもトルースに対する恩を述べるばかりの商隊に気が遠くなる。
だが、この一件で終わらなかった。
「トルース様のおかげで無事に我が子が帰ってきました!」
「トルース様と壊魔さんたちのおかげで一日で収穫しなければいけない作物を新鮮なうちに収穫できました!」
「トルース様が手伝ってくれたので修復作業が一時間で終わりました!」
トルースがやってきてユーセフの家を間借りし始めてから三日。その間にトルースは着々と地元住民から信頼を得てしまっていた。いくら自身の危機を救ってくれたとはいえ、彼は人類全てを恨んでいる壊魔である。信頼するなんて馬鹿のやることだ。
だが……もし、本当に魔壊帝国が和解を望んでいるとしたら。魔壊帝国内でも高い地位の彼がわざわざやってきて善行を働くというのは、彼らなりの誠意の表し方なのかもしれない。ぐるぐると考えが安定しないまま、日が過ぎていく。
……
今日はフレンジリン識掘国の四代派閥のリーダーたちが集まり、和平に関する会議をする予定になっている。時刻通りに皆が集まり、議論を交わしていく。様々な意見を出し合いつつも、全会一致で信用できないという結論にまとまろうとする。だがユーセフはトルースのことを思い出し、異論を唱えようとした。その時。
『――――ユーセフ様! シュキンダ街にて壊魔が出現、破壊活動を開始しました!』
「何っ⁉️」
襲撃の報せが入ってきた。
急行するユーセフとガンシア。ユーセフは心のなかで、無意識に「トルースの仕業ではないこと」を祈っていた。
しかし、街の惨劇の中心には、信じられないほど背が高く、すらりとしていて、執事服をかっちりと着込み……血に塗れた化け物、トルースが立っていた。にっこりと、楽しそうに笑いながらユーセフ達の方を振り返る。
「おや、思ったより早かったですね♡」
「トルース! お前は……!」
「そんな驚かないでくださいよ♡ わかっていたんでしょう? 我々が嘘をついているということを。信用できる連中ではないことを」
彼が抱えて、まるでペットを撫でるかのように可愛がっているその首は、彼が救ったはずの子供だった。
「いやはや、我々といたしましても貴方がたにここまで長く信用いただけるとは思っていませんでした。氷炎帝国に派遣した私は書状も読まれず殺されましたし、サンテブリス同盟も同様。ゼィアーの方々には信用いただいたので、その場に居た一族の方に死というお礼を差し上げたのですよ♡」
「……この、下衆外道が!」
「我々からしたら新人類のみなさまのほうが当てはまると思いますけどね♡」
トルースは抱えていたものを足元に落とすと、その鋭利なヒールで踏み砕いた。人類では考えられない非道な行いが、ユーセフの言葉にならない怒りを強くしていく。
そんなことは知らない、いや知っているが興味がないのか。トルースは笑みをたたえたまま、まるで種明かしをするエンターテイナーのように話を進める。大げさな身振りを添えて。
「さて、我々の目的はただ一つ。各国の主要な都市に潜入し破壊を行うことでした。この街……シュキンダでしたっけ? この国ではそれなりに大きな街だと思いますが、どうだったんですか?」
「お前に答える言葉などない!」
ユーセフが無詠唱で放った攻撃魔法を、トルースも無詠唱の防御魔法で防ぐ。周囲に衝撃波が走り、張り詰めていた空気感がより厳しくなる。
「まぁそれならそれで。私はあいにく戦闘が不得手でして、ユーセフ様とガンシア様を満足させられないと思います」
「そうかよ!」
「ですので、ここで私を殺していただいても構いませんよ♡ ほら、書状に書いてあったでしょう? 『外交官が失態を犯した場合は貴国の法律にて処罰していただいて構いません』って」
言うが早いかトルースの心臓にガンシアの放った爆撃矢が突き刺さる。
「あはははは!! では、皆様……またお会いしましょうね♡」
ばん! と爆発音がし、血肉代わりの青い花が宙を舞う。性根が腐りきっている化け物のくせに、うっとりとするキレイな光景を見せて逝くのはどういう皮肉か。油断せず注視しつづけたものの、索敵魔法にもなにも反応せず十数分が経過する。
「討伐、でいいのか」
「いいんだろう……いいんだろうが……」
国内有数の貿易街であるシュキンダ。栄華を誇った面影はすべて更地にされてしまった。あちこちでまだ火が燃えており、逃げ惑う人の声も聞こえる。
やがて花びらは完全に消え去り、人の形すら保てなかったものたちがはっきり見えるようになる。それらの特徴は、どうみてもトルースが数日間で助けた人々で。一度は助けてもらった相手に殺される、その心情は察するにあまりある。あのドクズの性格、遺体の惨状から本当にひどい殺され方をしたらしい。
「……クソが」
「ユーセフ……」
やりきれない気持ちから強く、強く地面を足で叩く。
やはり、魔壊帝国は滅ぼさなければいけない。
改めて決意し、油断した己の心を罰した。
――――
「あ、フレンジリンの私も死にましたね」
「そうか」
「四月馬鹿作戦も、これでおしまいだねえ」
円卓を囲みながら魔壊帝と四天王たちは語り合う。
彼らの考えた『四月馬鹿作戦』は至って単純、和平と偽って潜入し街をめちゃくちゃにする。それだけのこと。トルースが「エイプリルフールですねぇ」などと言い出して適当に出した作戦を、すごく面白がった三徹目のアイドゥが通したお遊びのものである。
結果は氷炎帝国やサンテブリスでは失敗し、ゼィアーはそもそも街を持たないので不明(だが一つの一族郎党を皆殺しにすることはできた)、フレンジリンでは大きな成果を出すことになった。その他の国でもそれなりにかき乱すことはできたので、まぁまぁと言ったところである。
「まったく、識掘家たちも馬鹿ですねえ。どう考えても年度切り替えに合わせて方針を変えるわけ無いでしょう」
「愚問」
「やはり……守るべき対象では有りません……滅ぼさなければいけない……」
「冗談みたいな作戦だったが、半分成功半分失敗と言ったところか」
「とりあえずご飯にしよ!」
それぞれが適当に感想を言い合う。
四月五日。四月馬鹿作戦は終わり、これからもいつも通りに魔壊帝国と新人類たちは殺し合うのだった。