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トルースの別に気に留めることもない日常
「あはははっ! 勇者様たちはそんなに慈悲深いのですね!」
腕を片方飛ばされたというのに、化け物は高らかに笑っていた。断面からは血しぶきの代わりにほろほろと青い花びらが舞っている。
この化け物は魔壊帝の執事トルースである。彼は珍しく単独行動をしているときに識掘家の一行と遭遇した。戦いは避けたかったが(戦闘能力があまり高くないのと、この後用事があるので)、識掘家たちが何も言わず斬り掛かってきて冒頭に至る。
「……何笑っているんだ?」
「いえいえ! そこに大きな砲を抱えた方がいらっしゃいますのに、左腕だけを飛ばすなんて面白いことするなぁと!」
「そうかい!」
びゅん! と音と共にもう一方の腕も飛ぶ。青い花びらがまるでシャワーのように断面から舞い散る。勢いのある攻撃を受けてトルースは一層大きな笑い声を上げた。
「あっはははは!!!!! 痛い!!! 素晴らしい痛みですね!!!!!」
「……きも」
「ああ、その冷めた視線……最高だ♡」
「……本当に気持ち悪い」
「シラ、気にするな」
シラと呼ばれた少女の視線にすら興奮を覚えるようで、歪な笑みを絶やさない。トルースは笑い声を混ぜながら、相手の怒りや呆れを引き起こさせるように話し続ける。
「それで、どうします? 腕はなくなってしまいましたし、これから足でも切り落とすんですか? それともそちらの砲撃で一撃でしょうか? なんであれ……楽しそうですねぇ!」
「……気色悪い! マーツ、やっちまえ!」
「あいよ、ボス」
「あははははははは!!!!」
装填が終わった砲撃手にリーダーが指示を出す。どぉん! と大きな音。間もなくして聞いてて恐ろしくなる笑い声が止み、静寂が訪れ、代わりに目が痛くなるほど大量の青い花が爆風と共に咲き乱れた。
「……やったか?」
誰もが一抹の不安を抱えながらトルースがいた位置を注視する。花弁が宙を舞い続け視界は悪い。だが、不安とは裏腹に数分経ってもトルースは現れず、彼らは段々と気を緩め始めた。『俺たちは勝ったんだ』と少しだけ頭をよぎった、刹那。
「あーあ、これでも死ねないんですね」
びしゃり。何かが吹き出す盛大な音の方向を振り返れば、
「マーツ!」
五体満足で足を揃えて立つトルースと、彼の手にぶら下げられている男の首があった。血しぶきが飛び散って、辺りの地面を赤く染めている。返り血に染まったトルースは少し不満げな顔を見せたあと、すぐにお得意の嫌味な笑みを浮かべ識掘家たちに返事をした。
「『はい、マーツですよ〜』……なんてね♡ 彼の砲撃はとても心地よかったですが、少々邪魔でしたので片付けさせてもらいました♡」
「よくも、よくもマーツを!!」
トルースの両腕を切り落としたソードマンが激昂のままに斬りかかる。だが、ソードマンの身体はへそのあたりで上下半分に裂かれ、敵を斬るはずだった剣先は宙を相手にすることになった。
小さなナイフ一つで離れ業を成したトルースはどちゃりと地面に落ちた死体を一瞥し、非常に不満げな態度を見せる。
「はいはい、あなたの攻撃はワンパターン過ぎて楽しくもなにもないんですよ」
「……ば、ばけもの……」
「ええ、化け物ですよ♡ 知らなかったんですか?」
化け物。そのように呼ばれて嬉しいものなどいないはずなのに、彼は人をおちょくるようにニコリと笑った。
リーダーである男は両手剣を構えている。だが、その手はひどく震え、膝もガクガクと笑い怯えが隠しきれない。シラと呼ばれた魔法使いの少女も座り込み、目は雫が溜まって行き先が定まっていない。対照的にトルースは遺体たちを見下ろしながら間延びした声で彼らを挑発する。
「あーあ、飽きちゃいました。こう見えても私忙しいんですよ。あなた達に構われなければ時間も有り余ってたのになぁ」
「よくも、よくも……!」
手に持ったシースナイフを弄び余裕を見せるトルースに、仲間をバカにされたリーダーは立ち上がる。明らかな上位存在に正面から立ち向かうさまはさながら勇者のようだ。
勇敢な彼の振るった切っ先がトルースの心臓部に、ぐちゃり、と深く埋まる。これで勝ったとは思っていない。だから、できるだけ、深く、深く、貫くまで!
……やがて勇者が乱れた呼吸を整え、ゆっくりと相手の顔を見上げる。逆光でよく見えない、が、その顔は。
「的確に心臓を狙ったのは偉かったですね! 素晴らしい、あのソードマンよりは気持ちよかったですよ♡」
満面の笑みであった。
「……あ、あ、あぁ……」
「それで、これで終わりですか? 終わりなら貴方ともさよならしなければいけません」
「……ば、ばけも、ばけもの…………」
「どうなんですか? ねぇ」
「しにたくない、しにたくないしにたくない!」
「終わりなんですね、わかりました」
トルースは剣を握る勇者の手に自分の手を添え、ゆっくりと自身から引き抜き剣を奪うと、勇者の頭よりはるかに高い位置からお返しとばかりに心臓めがけ振り下ろし、突き刺した。トルースの胸から漏れる綺麗な花びらとは違い、赤黒い血が周辺を汚していく。
「お゙ぁ゙」
「汚い悲鳴ですね」
即死とはいかなかったのか、勇者は倒れてもなお呻いていた。苦しい、苦しいと。されどトルースは完全に興味をなくし、血に塗れた自身の手を数度見た後、生き残りの魔法使いの少女に視線をやった。
「で、どうします? 逃げるなら逃げてもいいですよ? それとも敵討ちーなんて言って貴女だけで戦ってみます?」
ゆったりと少女に歩み寄りながらトルースは語りかける。恐怖に震えながらも、理不尽な状況に心を砕かれながらも少女は頑張って声を出した。
「……逃げても、いいの?」
「ええ、私も暇ではありませんので。転移の魔法でもなんでも使ってみたらいいのではないでしょうか?」
予想外の返答に驚きながらも、少女はうまく動かない唇を動かし呪文を唱える。しかし、
「な、なんで、ワープできないの?」
「……ははははは! お馬鹿さんですねぇ♡ 壊魔が相手を壊す前に逃すわけがないでしょう? 逃げるとしたら見つかる前に静かに逃げないと……でなければ、今のように逃走防止の結界を張られてしまいますからね♡」
緊急退避、転移、帰還、逃走。どれを発動しようとしても全く反応がない。少女が絶望する様子を見て、いっそうトルースは大きな声で笑った。
「やだ、やだよ、おとうさん、おかあさん……!」
「今なら私を倒せるかもしれないですよ? 抵抗しないんですか?」
「やだ……やだよぉ……」
「……かわいそうな子」
トルースは少女の頭をゆるりと撫でる。少女の美しい髪が血でべとりと汚れる。少女は一層混乱して、涙と汗でいっぱいの顔を余計濡らした。
「死にたくないですか?」
「しにたくない!」
「なら攻撃魔法の一つでも撃ってみればいいじゃないですか♡」
「そ、そんなの……」
「無理なんですか?」
冷たい声がはるか上から降ってくる。そうだ、こんな震えていても、命乞いをしても助かるような相手じゃない。なら、なら最後に抗うしか。
祈るように、少女は自身が一番得意とする魔法を唱えた。
「……あ、炎を放つ魔法!」
「魔法を反射する魔法」
「……が、ぁ、あ゙あ゙あ゙!!」
少女の魔法はいともたやすく跳ね返され、炎が肉体を包んだ。身体を覆う熱さに地面を転げ回る。
「即死魔法とか使えば簡単に逝けたのに、かわいそうな子ですね」
「あづい!! あづい゙ぃ゙い゙い゙!!!」
人の肉が焦げるお世辞にも良いとは言えない嫌な匂いに鼻を覆う。せっかくの綺麗だった顔も、クエストを頑張ってこなしてコツコツ貯めたお金で買った憧れの衣装も全てが焼け焦げていく。
「……即死魔法は人類にとっては高等魔法なんでしたっけ」
「い゙ゃ゙あ゙あ゙あ゙!! が、ぁ゙ら゙ぁ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!!」
「本当にかわいそうな子ですねえ」
あまりにも苦しそうにする少女に憐憫の情が湧いてきたのか、トルースは即死魔法(スペルは聞き取れない)を少女に撃って短い生に幕を下ろした。それでも火の勢いは収まることなく、彼女を肉一片も残さずに燃やしていく。趣味の悪い炎を横目にトルースは軽く伸びをした。
「……はぁーあ。今回も死ねませんでしたねぇ」
無惨に転がる死体たち。流石に蹴っ飛ばしたりはしないが、ただただ失望した顔で彼は見下ろした。基本的には不死身であるものの、トルース以外はたまに倒され死ぬことがある。が、トルースは何故か死ぬことがないので、そのあとに行われる魔壊帝による再召喚を一度も経験したことがないのが少し寂しいらしい(正確に言えば死んではいるのだが、その場ですぐ復活するため魔壊帝による再召喚が不要である、というのが正しい)。
「帰ったらまたお小言言われますねぇ……はぁ……まったく」
将軍には「早く救援を呼べ」、首相には「無理しないで早く帰ってきなさい」、料理人には「また死のうとしたんでしょ」と怒られることがありありと分かっているのでため息が止まらない。帝は何も言わないことがわかっているので別にいいが……いや、今回は帰還後すぐに彼女に特製のパンケーキを振る舞う予定だった。それに遅れたことに対して少々文句を言われるかもしれないな……やだな……拗ねてる陛下扱いめんどいんだもん……
だるそうな声で彼はワープゲートを開き、中に足を踏み進めた。残ったのはどこにでも落ちている識掘家たちの残骸だけ。