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かつて母親だった貴女へ
「私のことはお母さんだと思ってもいいからね」
これは優しい孤児院でのセリフだろうか。それとも運が良く養母が見つかったときのセリフだろうか。
答えはどちらも違う。このセリフは。
俺の全てを壊した化け物が放ったセリフだ。
――――
少しだけ賑やかな空間に食欲をそそる匂いが漂っている。栄養状態の良くなさそうな老若男女が感動しながら料理を食べている。その中心に、俺の目的はいる。
「……Ms.ティック」
「うん? ……あ、チェラルくん! 大きくなったねぇ……!」
この女はこんなに小さかっただろうか。届きやしない俺の頭に必死に手を伸ばして撫でようとしてくる化け物の姿はひどく滑稽である。
「それで、今日はどうしたの? さみしくなっちゃった?」
俺のことを今でも子供だと思っているのだろうか。『親にとって子供はいつまでも子供』。よく言われる慣用句だが、化け物も同じ感性を持っているのだろうか。
「……俺は」
「うん」
「お前を殺しに来た」
舞い散る青い花。目を見開いた化け物。飛ぶ左腕。悲鳴を上げる傍にいた獣人。
「……もう、チェラルくんはお転婆だね!」
そんな惨状だというのに、化け物はまるで悪戯をした子供を諌めるかのごとく柔らかく語りかけてくる。温かい目で見守ってくる。
油断してはならない。これはヤツの生態なのだ。人間のような情で動いてはいないのだ。そういうふうにできているだけなのだ。
「みんなで美味しくご飯を食べてるのに、暴れるとみんな困っちゃうよ?」
「うるさい!!」
右腕も切り飛ばしたあと、そのまま心臓に剣を突き刺す。
『Ms.ティック』という個体は旧人類の感情の中で最弱。これは識掘家なら誰でも知っていることである。この程度の傷ではオルト・ネームドランク(壊魔の中で三番目くらいの強さがある)以上の壊魔は死なないらしい。だが、こいつは。
「あはは……親子の再会を楽しめなかったの、残念、だ、なぁ……」
四肢から徐々に青い花に置換されていく。最後に顔が残り、微笑みを浮かべたまま消えていく。
「さようなら、Ms.ティック」
どよめく人類たちを置いて俺は立ち去る。また、Ms.ティックが現れたとき、すぐさま討伐できるように。
――――
遠い昔。俺が言葉を覚え始めたばっかりのガキだった頃。人類とそう変わらない姿に擬態していた彼女は孤児の俺を拾った。
「私のこと、お母さんだと思ってくれると楽しいな」
実際に彼女はそう振る舞い、旅の一団に加わるときも『血の繋がらない親子』として加わった。
一団は素性も知らない俺達に優しくしてくれて、リーダーは父親のような頼もしさで、兄貴分もいっぱいできた。衣食住が充実してたとは言えない、苦労もいっぱいした。だけど、すべてが幸せだった。眩しくて、暖かくて、ずっと続けばいいのに。そう思っていたのに。
「おかあ……さん?」
「あれ、チェラル食べてなかったの?」
天気が良くキャンプファイヤーを囲んだ夜。一団はすべて安らかな眠り……死を与えられた。たまたま体調が悪く寝込んでいたため何も食べなかった俺と、犯人である母を除いて。
母は擬態をやめ、化け物の姿を取っている。周りの惨状、ニコニコと笑う化け物、それらのそばにある料理。直感的に、信じたくないが母がそれをやったと理解した。してしまった。
「おかあさん、おかあさん! 嘘だよね⁉ お母さんがなにかしたわけじゃないよね⁉」
「……お母さんはね、みんなにご褒美をあげたんだよ。この世界は苦しいことが多いからね」
信じたくなくて問いかける俺に、悪いことなんかしてない、良いことをしたのだ、そう思い込ませるようにニコニコと笑いながら語りかけてくる化け物。
残っている食器にシチューをよそい差し出される。いい匂いがする、だが、きっと食べてはいけない。
「ほら、チェラルの分のシチュー残してあるから食べなさい。きっと幸せになれるよ」
「やだ、やだよ……」
「もー……」
愚図る俺に困った顔で、しかし笑ったまま食べることを勧めてくる化け物。よしよし、いい子だね、楽になろうね。甘い言葉を吐きながら俺を懐柔しようとする化け物。
結局、通りかかった熟練の識掘家たちにMs.ティックは討伐され、俺は引き取られ孤児院に入れられた。混乱する中、孤児院の授業で教えられた彼女が壊魔であり、不幸な人類を狙うたちの悪い存在であるという事実に、俺は一度目を背けた。それでも、素晴らしい記憶をすべてぶち壊したのは彼女なのだ。ようやく、正しく理解できた頃、俺は識掘家となり彼女を討伐することに決めた。
識掘家となり、初めて彼女を討伐した日も、それ以降も。ずっと化け物は俺の母親であろうとした。それが、本当に気持ち悪くて、辛くて。俺は。
……悪い夢を見ていたようだ。Ms.ティック含め、壊魔族は何度でも復活する。こんなところで止まってはいられない。哀れな人類を救うために、化け物を討伐しにいかなければならない。軽い朝食を取り、装備を整える。俺はまた、母親だった化け物を倒すべく、宿屋を後にしたのだった。
――――
「こいつか。お前を付け狙っていたのは」
「あ! そうだよ! その男の子!」
「そうか」
イラ・アンリは手に持っていた死体をMs.ティックに見せつける。彼が殺したにしては比較的きれいな状態の死体を。それに対し、Ms.ティックは動揺もせずニコリと笑って、問を肯定した。
「……死に際はどうだった?」
「特に。我が後ろから心臓を撃ち抜いただけだ」
「そっかぁ……」
Ms.ティックが死体の頭を撫でる。動かないそれの顔は驚愕と絶望に満ちていた。
「……チェラルくんにはね、眠るように静かに死んでほしかったんだよ」
「はぁ」
「それを拒絶したのは彼だからしょうがないけどね」
撫でるのを止め、死体の頬を撫ぜる。寂しそうにじっと見たあと、死体の処分は一任するね! と、だけ言ってMs.ティックは新たに救いをもたらすためどこかへ消えていった。
Ms.ティックは情に深い人物に見える。言葉も通じ、話し合いができそうに見える。しかし、彼女も壊魔。彼女とわかりあえるのは、壊魔だけである。
イラはその本質が変わっていないことに安堵し、死体をその場で燃やし尽くした。悔いが一片も残らないように。強く、赤々と。
そして、今日もまた、どこかで哀れな新人類たちが眠るのだ。